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2007年12月 アーカイブ

2007年12月26日

羅貫中について

羅貫中を良くしりましょう

羅貫中(らかんちゅう、生没年不明)は、中国の元末・明初の作家。『三国志演義』の編者とされる。山西太原の人とされるが、本籍も諸説あって定まらず、山東省東原説、杭州説などがある。

諱は本。貫中は字。一説に諱は貫。号は湖海散人。但し、中国の文人が本名で小説の類を書くことは余りないが、この名前はペンネームだと考える説もある。 また、三国志演義の現存最古の版本である嘉靖本には、「後学羅本貫中編次」と署名しているところから、これまでの小説ではない、本格的な歴史書を執筆する意図があったために、本名で署名したのではないかと推測する説もある。

それまで民間で行われてきた三国時代に関する講談を『三国志通俗演義』としてまとめたといわれる。また『水滸伝』の編、『三遂平妖伝』、『残唐五代史演義』にも関っていたとも言われる。

羅貫中個人に関しては詳しい事はわかっていない。当時の複数の史料に羅貫中らしき人物がおり、『三国志通俗演義』の著者として語り継がれてきたことは確かだが、前述の如く本籍すら諸説あり、各地を放浪していたのではないかともいわれ、経歴は不明である。友人の賈仲明の記録『録鬼簿続編』では「戯曲を数十曲書いたが、人付き合いの悪い性格で、最後には行方不明になってしまった」と書かれている。

一説に、元末の混乱時に初めは張士誠に仕え、後に朱元璋の配下になった事があるらしく、『三国志演義』の中の赤壁の戦いの描写は朱元璋と陳友諒の鄱陽湖(はようこ 鄱は番におおざと)の戦いをモデルにしていたと言われる。しかし、彼に関する資料がとても少ないため、「三国演義は多くの講談師達が羅貫中の名を借りて出版した」という説もある。【ウィキペディアWikipediaより引用】

知識の集積がいつか役にたつと思います

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